私は20年前に、持続可能な社会を創ることを目標に、全く未知なる政治の世界に飛び込みました。
『日本社会は少子高齢化が進み、社会保障制度も、財政も、経済、地方、教育、子育て、農業、環境、医療、福祉など、あらゆる面で、持続可能性が問われている。
にも、関わらず、政治は旧態依然、変えなければならない。』

直接のきっかけは、高校大学で1年先輩の古川元久さんから、いっしょに日本を変えようと誘われたからです。古川元久さんが新しい世代の代表として、立ち上がれば、必ず若い同世代の人間も、立ち上がるだろう。
そんな思いで、当時は、地盤、看板、カバンなしで、まず勝ち目はないと思われていた無帽なチャレンジを支えることになりました。

持続可能な社会には、政権交代可能な二大政党が必要なんだとの信念で、私自身も役に立てるのならばと、愛知県第15区(豊橋市、田原市)から2005年、今回と同じく、あの郵政解散のその日に衆院選に立候補させていただきました。
落下傘候補でありましたが、皆さんに支えられ、2009年政権交代とともに、議員として、1期、活動をさせていただきました。

落選後、私的事情に加え、第一線から少し離れた立場で、もう一度、冷静に政治を見つめ直してみようと思い、断腸の思いで15区から離れました。

最近の政治状況を見るにつけ、やはり、私の考えや思いは間違っていなかった、安倍政権に任せておいてはいけないと思うに至りました。

そんなとき、私が小学校から、高校時代まで住んでいた春日井市を含む愛知県第6区にて、民主党公認候補予定者としての機会をいただきました。

議員時代、同期で作っていた政策行動集団、礎会(いしずえのかい)の名前のように、日本の礎になれるよう、全身全霊努力いたします。

これまでご縁をいただいた全ての方々に感謝しつつ、走り抜きます!