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東三河考 −下−
私はこの東三河が大好きで東三河にやってきました。この地域の大いなる潜在力と可能性を強く感じる者の一人です。この地域が日本、そして国際社会に強力なメッセージを発信できる地域であると信じています。
私は約20年前の学生時代、農業経済学を学んでいました。世界の、そして地球の将来を考える上で、エコロジー(環境)とエコノミー(経済)の両立=共生こそが社会の基本理念にならなくてはいけないと思っていたのですが、当時のアカデミックな世界では、市場原理の理論的精緻(ち)化と、逆に環境保護の思想化という二つの大きな流れに分かれて対立していました。実社会においても、経済界で「環境」という言葉はまだまだイデオロギー的な響きを持っている、そんな時代でした。
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国際金融の世界で働いたり、一方で、環境NPOで活動したり、環境ISOに取り組んだり、多くの経営者やサラリーマンの方々と接していく中で、「社会がどうあるべきか」ということを考えることも大切ですが、激動の国際状況や厳しい国際競争、深刻な環境問題など、社会そのものが存亡の危機にある中で「持続可能な社会を実現する」ということからスタートするべきであると思いました。
持続可能な社会とは、人間が生きていく=(安心・安全に)「生活」していける社会ということであり、「生活」するということは「食べる」ことであり、「働く」ことであり、「住む」ことです。そして、それは一部の人のためのものではありません。
持続可能性を脅かす問題・課題は山積しています。「食べる」ことでは、食糧自給率の向上と農林水産業の継続性、食の安全の問題など。「働く」ことでは安心・安全に能力を発揮できる雇用・労働環境の確保、国際・地域競争に勝ち抜ける企業の努力・創造など。「住む」ことでは、環境、治安、老後の心配など、さまざまな課題があります。
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山川海湖に囲まれ、農工商の産業バランスのとれた東三河地域は他地域に比べても、これらの課題に全方位で直面するゆえに、(一定程度の)回答やアイデアを提示できる潜在力があると思っています。その意味で、まさに世界に発信できる地域ではないかと思うわけです。「持続可能な社会」の自立したモデルとして、日本を代表するエリアとしての可能性を秘めた地域のすばらしさを強力にアピールして「住みたい地域」、「訪れたい地域」にしていこうではないですか。
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潜在力を顕在化していくためには人づくりが大切です。多くのチャレンジ精神あふれる人材が生まれ、集まることと、明確なメッセージをもつリーダーを生み出すことが不可欠です。石橋をたたいてから渡る慎重さも大切ですが、たたきこわしてしまっては渡れません。「リスク」をとって何かにチャレンジすることを応援しましょう。東三河のもつ大いなるソフトパワー(他をひきつける魅力)をブランド価値にしていきましょう。
2007年1月8日 東日新聞「東日評論」にて
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東三河考 −中−
「ルック・ウエスト」で大名古屋圏を改めて見てみると、政令指定都市の名古屋市は県境を割合たやすく超えて拡大しています。それは名古屋ブランドの醸成などソフトパワーも一因ですが、交通インフラの充実の成果も大きいと思います。公共交通網と道路網がかなり整備された結果、工場の進出や通勤圏の拡大など、周囲の自治体との間で人の移動が増大しています。 |
東三河のソフトパワーについては次稿にして、今稿は交通など社会インフラについて述べたいと思います。
しっかりした交通インフラは地域の将来にとって大変重要です。しかし、それは、都市計画などの策定があいまいなままであったり、一部の利権構造の中で秘密主義的に進められたり、あまりに細切れな小さな範囲内でのものさしで考えたりすると、非効率を生み出し、無駄なものが作られ財政を圧迫します。逆に、時代背景を軽視・無視したり、実力以上に広すぎる範囲での長期的過ぎる計画を作ると、結果的に中途半端なままで終わってしまう可能性があります。地域を支える適正な範囲での交通インフラを整備していくことは政治や行政の大変重要な役割です。
今日の財政難の時代では、よりいっそう精緻な計画が求められる上に、渋滞対策、産業道路と生活道路の分離など、住環境や地球環境への配慮などもかなり大切なファクターとなります。街づくりのあらゆる要素が盛り込まれており、政治や行政のトップが責任をもって取り組むべき誇り高い仕事だと思います。 |
東三河地域は地理的・地勢的に恵まれていることと、多くの先人の努力の結果で、良港と高速道路、新幹線駅という基幹インフラの3点セットをもっています。しかし、それぞれがよりいっそう有効活用できる余地を残したままだと感じられます。三河港を利用する可能性の高い広大な商業地・工業地が県境を超えて浜松市域まで含めてまだまだ広がっていますし、高速道路はICへのアクセス時間短縮が叫ばれています。新幹線駅は大変便利ですから、観光促進政策によりいっそう活用したいものです。3つも揃っているのですから、他地域からは垂涎の的です。
そのような潜在力の高い地域にもかかわらず、東三河地域では県境と市町村境が必要以上に高くそびえていて、国政でも県政でも愛知県の東端という位置づけで見られてはいないでしょうか。東三河の各市町村一つ一つでは発言力が弱いのは当然で、愛知県という行政単位を通しての行動はどうしても県境を意識せずにはいられません。足元の市町村境は長い歴史の賜物でしょうか。合併を含めた広域連携を進める昨今の動きはより加速するべきでしょう。
県境を超えて拡大していくには道州制の導入や政令指定都市への移行が有効策です。政令指定都市に移行する浜松市が今後県境を超えて人を集める力を持つ可能性がある中で、東三河が待ちの姿勢では自立した連携関係が築けません。 |
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道州制導入が議論される昨今ですが、県の上に道州を作るような屋上屋を重ねる式にならないように気をつけないといけません。道州制導入の暁には都道府県は原則撤廃の方向で考えるべきでしょう。県境に接した東三河地域にとっては、導入までの移行期間であっても、どんどん県境を飛び越えてくれる県政のリーダー、現在の県の枠組みを越えた発想のできるリーダーが必要と思います。
2006年11月27日 東日新聞「東日評論」にて
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東三河考 −上−
温暖で、海・川・山がある大自然に囲まれた東三河。歴史・伝統・文化が地域に息づく東三河。農・工・商の産業バランスのとれた東三河。この地域の魅力を伝える材料には事欠かないと思います。
一方で、街中、特に駅前の活性化、山間部での医療や林業再生の問題などは地域が抱える深刻な問題です。いずれも東三河を考える場合には避けては通れない問題だと思います。
それらの魅力資産や課題と最終的に関連することになるのですが、ここでは地方分権社会を迎える中での東三河のあり方について述べてみたいと思います。 |
今後、本格的な地方分権時代を迎えるにあたり、私たち東三河に住む者が認識しておかねばならないことは何でしょうか。それは極端に言えば、「ルック・イーストからルック・ウエスト」=「東京ばかり見るのではなく、大名古屋圏を見よ(または、愛知県、将来の東海州を見よ)」ということです。
明治維新以来の中央集権社会の中で、予算の分配から最新情報の入手まで、東京=国の方を見るというのは、日本全国どこの地方もそうだったように、この東三河地域も例外ではありませんでした。港湾整備など、国の管轄事業を抱えるこの地域にとって、それはそれで成果を挙げていると思います。しかし、その一方で、名古屋からの心理的距離が物理的距離以上に遠くなってしまってはいないでしょうか。「西高東低の愛知県政」という言葉もよく耳にします。その要因とも思えるのですが、「愛知県」に対して関心が希薄になってしまっていないでしょうか。
「県の中で別に存在感を示さなくても影響はない」という人もいるかもしれません。しかし、本当にそうでしょうか?権限と財源が大幅に地方に移譲されていく中で(地方分権が上手く進まない状況は打破しなくてはなりません)、あるいは、東海州の議論がなされていく中で、自己主張ができない地域は取り残されてしまう可能性があります。
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公共交通の整備、道路網の発展等により名古屋圏は急速に拡大してきています。通勤する人、休日にショッピングなどで行き来する人の増大など、人の流れ、情報の流れとともに心理的距離も近くなり、一つの大名古屋圏を形成しつつあります。県内では尾張はもとより、西三河までが大名古屋圏に合流しつつあります。岐阜県内では美濃全域まで、三重県内では四日市から、津市まで広がろうとしています。今後の県レベルでの政治経済をはじめ、道州制の議論はこの大名古屋圏を中心に展開されていくことは間違いありません。従来の名古屋圏のイメージ以上に、今や、大名古屋圏は拡大してきているのです。
今後、この大名古屋圏は東三河まで拡大してくるのでしょうか?拡大してくるのか否か、それがいいのかどうか、様々な可能性と選択肢があると思います。だからこそ、大名古屋圏の動きをしっかりと捉え、存在感を出していくための方針と戦略を策定すること、そのための「ルック・ウエスト」だと思うのです。
2006年10月23日 東日新聞「東日評論」にて
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万場調整池で開催されるエコカーレース |
豊橋市市制100周年にあたり
豊橋市市制100周年誠におめでとうございます。
今日、豊かでとても住みやすい豊橋市があるのは多くの先人の努力の賜物と思います。
100周年の節目に当たり、それらの諸先輩の足跡を振り返り、また、地域地域の歴史、文化、伝統を再発見する催しが開催されています。これまでの歩みを振り返り、先輩諸氏への感謝の意を捧げることは100歳を迎えた豊橋市にとって意義深いことです。
一方で、この大事な節目だからこそ、過去の100年だけでなく、次の、将来の100年へも目を向けなければなりません。これまでの100年とこれからの100年は地方にとって本質的に大きく異なる期間となります。
これまでの100年は明治維新後、地方から中央へ、ヒト、モノ、カネ、情報を集中し、再分配する、いわゆる「中央集権」の時代でした。「地方自治」とは言っても、結局は中央の意向に左右される時代でした。
これからの100年は、これまでとは逆に、「地方分権」、「地方主権」時代になってきます。というより、日本の明日のためにそうしていかなければなりません。地方が今まで以上に自分の頭で地域の将来を考え、地域の魅力を自ら発信していかなければなりません。それは他の地域との大競争社会でもあります。魅力のある地域には人が集まります。産業も集まります。ヒト、モノ、カネ、情報が集まってきます。逆に、努力しない、発信力のない地域はおいていかれます。地方はみな必死ですから。
幸いこの地域には、全国に発信できる魅力資源がたくさんあります。温暖で住みやすい気候。山、川、海などの大自然。そして、それらの自然と共生している街。中には1000年以上もの長さを持つ地域の歴史・伝統・文化。首都圏と名古屋圏の間という地理的条件。港、高速道路、新幹線という基幹インフラ。農業、工業、商業とバランスのよい産業構造。そして、何よりも堅実でやさしい人柄。
これらの魅力資源は日本国内でも有数の潜在力を持っていると思います。これらの力を顕在化するには、個々の魅力資源をさらに磨き上げ、整備し、バラバラに訴えていくのではなく一つの一体感を持って地域のブランド価値へつなげて発信していく構想力とPR力、リーダーシップが必要です。
私も、この地域の魅力を地方分権時代のモデルとして、日本全国、否、世界に、少しでも発信していけるようがんばりたいと思っています。
2006年8月1日
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東三河とのご縁
私は十数年前、愛知に戻った時から、東三河地域とのご縁に恵まれてきました。
豊橋サイエンスコアのエコマーケット研究会では専門委員として、また、経営コンサルタント時代には豊橋市内の企業にも何度か足を運びました。私も線審を少し手伝わせていただいた第1回目の「エコカーレース大会」、東三河の独自ブランド創成企画など、地域の新たな試みを生み出す意欲的な人々との交流を通して、この地域の風土や人柄などに魅かれてきました。 |
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こうしたふれあいの中で、この地域の国際自動車コンプレックス構想、IT農業プランなどに接し、「東三河とのご縁がもっと深くならないだろうか」、「この地域の可能性をもっと活かせないだろうか」という思いを持ち続けてきました。
海山川湖に囲まれたすばらしい自然環境や農業、工業、商業のバランスのよい産業構造、港と道路網の整備による一大物流拠点としての可能性は、この地域の持つ高いポテンシャル(潜在的能力)です。これからの地域主権の時代、まさに地域のポテンシャルを活かしていく創造力、企画力が重要になってきます。 |
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530【ごみゼロ】運動発祥の地の豊橋を中心とする東三河の環境問題に対する姿勢、この地域が持つ環境外交につながる技術は、有効な環境問題対策を作り出すモデルとなるでしょう。また、全国有数の農産地帯であるこの東三河は、「強い農業」実践の蓄積があり、さらに先進的な事例を創造する強い基盤を持っています。
人々の「くらし」、「いのち」を支える「農業」「環境」は、「こころ」を育んでいきます。低い食料自給率の改善、食と安全の問題など、「この国のあり方」を農業という産業を通じて再考しなければなりません。
この東三河への私の思いを、みなさんと共有し、この地域で必ず実現し、日本に、そして世界へよりいっそう発信していきたいのです。
2005年9月 |